アクセとネイルチップを納品した後、あたしはチャリで前原に来た。
静かな住宅地の中に、こっそり存在するレトロな喫茶店に、バイト募集してないか確かめに来たのだ。
今年の始めにちらっと見たのが最後で、ずっとその店の事を忘れていたのだけど、昨日ふと思い出した。
駐車場について、店を見ると暗い。
今日はおやすみかな、と思って帰ろうとしたら、オーナーらしきおじさんが店の中にいた。
入ってみた。
「お茶、飲めますか?」
おじさんはちょっと間をおいてから、
「お茶飲みたいの?」と聞いて来た。
「今日はおやすみですか?」
さらに聞くと、
「まぁ座りなさい」と、インスタントコーヒーを作り始めた。
30年の歴史を持つこのお店。奥様が今年の2月に亡くなられてから、昼間は営業せず、宴会の予約がある時だけ開けているらしい。
「身体が悪く、娘も嫁に行って、一人暮らしをしている。」
と焼酎を飲みながら、次々に自分の事を話し始めた。
あたしは、砂糖とミルクがどばどば入ったコーヒーの原形をとどめていない飲み物を、「…いただきます」と、がんばって飲みながらおじさんの話を聞いた。
客を装っていて、雰囲気が良ければバイト募集していないか聞こうとしていたあたしは、
「人は足りていますか?」
単刀直入に聞いた。
「人は足りないけど…
君はまだ若いでしょう」
「18です」とあたし。
「お酌をする仕事だからね。酒を勧めたりされるから。帰りが大変だろう。夜遅いしね。」
「わたしが車で送ってもいいけど、わたしも飲むからね」
そんな自殺行為はしたくない。
昼間開けていたら、とても楽しそうな店なのに…
もったいない。
雰囲気もとても素敵。レトロで、いい感じの寂れ具合。
あたし好みのお店なのです。
「○○保育園のお母さん達や、○○病院の看護婦さん達が、宴会しに来たりするんだよ」
「そうなんですか。先生は来ないんですか?」
「先生はあまり来ないね…。○原とかいったかな、あの先生は」
「○田先生です。」
…あたしの通院してる病院じゃねぇかよ。
「知ってるのかい?」
「えぇ、まぁ…」
あたしは鬱だと言うと、話がややこしくなるので言わなかった。
おじさんもそこに通院しているとの事。
「女性のお客さんなら、安心ですよね」
「そうだね」
携帯の番号を教えて、「もしその予約が入ったら、連絡してください」とお願いした。
そして雲行きが怪しくなってきたので帰ろうとしたら、
「二階にも席があるんだよ」と、案内された。
二階はおじさんの自宅だ。
娘さんや、奥様の写真を見せてもらった。
「ここがわたしの部屋だよ
寂しいものさ…」
古い家だから、床が氷みたいに冷たくて、こっちまで寂しくなって来た。
一階にもどって、「雨が降りそうだから、そろそろおいとましますね」
と席を立つと、
「またおいで。」
あたしの背中に言った。
「はい。また、『お茶』をごちそうしてください」
店を出た。
寂しい優しきアル中おやじ。
思わぬ客が、嬉しかったのかな。
話し相手が欲しかったのかな。
連絡が少し、楽しみ。